皇紀2685年 令和7年 乙己年
出雲⼤社は毎年⼤勢の⽅々が初詣に訪れ、境内は新年の喜びと祈りに包まれて⼤いに賑わいます。
境内では破魔⽮や絵⾺、魔除けの笹獅⼦などの縁起物を授与しており、また拝殿、神楽殿では新⽟の年に祈りを込められました皆様のお願い事をお取り次ぎします御祈祷がお仕えされます。
開⾨時刻表
銅⿃居開放 | ⼋⾜⾨内参⼊ | 楼⾨開放 | 祈祷受付開始 | |
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1月1日 | 大晦日より開放 | 大晦日午後11時 | 午前零時 | 大晦日午後10時30分頃 |
1月2日 | 午前6時 | 午前6時40分 | 午前6時40分 | 午前6時30分 |
1月3日 | 午前零時 | 午前6時40分 | 午前6時40分 | 午前6時30分 |
1月4日 | 午前6時 | 午前8時30分 | 午前8時30分 | 午前8時 |
1月5日 | 午前6時 | 午前7時40分 | 午前7時40分 | 午前7時30分 |
令和7年 乙己年
来年は「巳」の歳にあたります。
「巳」は祭祀の「祀」に「巳」の字が見られることからも神道と縁深く、「巳」に因む「蛇」は古来より天候を司る豊穣の神として、特に土地、水に関わる霊格が仰がれ、広く信仰をされてきました。
また、脱皮をして繰り返し成長をすることから蘇生・再生の象徴ともされ、新年を迎えるにあたり縁起の良いものであります。
この「巳歳の絵馬」を日本画家 藤原正人画伯の画をもって謹製致しました。
本年も大國主大神様より〝奇しき御神業〟の御蔭をおいただきになり、いよいよ幸縁の日々をお暮しになりますようお祈り申し上げます。
唱 歌 「一月一日」
「一月一日」
年の始めの 例(ためし)とて
終りなき世の めでたさを
松⽵⽴てて ⾨ごとに
祝う今⽇こそ 楽しけれ
初⽇の光 さし出でて
四⽅(よも)に輝く 今朝の空
君がみかげに ⽐(たぐ)えつつ
仰ぎ⾒るこそ 尊とけれ
「年の始めの例(ためし)とて」の歌い出しで⼈々に広く歌い継がれ、現在でもお正⽉のテレビ番組などでよく聞かれる唱歌「⼀⽉⼀⽇」は明治28年、明治政府によって元旦拝賀式(はいがしき)の奉唱歌として定められました。元旦拝賀式とは元旦に全国の⼩中学校の⽣徒たちが登校して⾏なわれた新年の祝賀式典です。
そして、この唱歌「⼀⽉⼀⽇」の作詞者が第80代出雲國造(こくそう)・出雲⼤社宮司の千家尊福(せんげたかとみ)です。作曲者は宮内省の雅楽⻑であった上真⾏(うえさねみち)⽒でした。尊福宮司は出雲⼤社の布教機関である出雲⼤社教の初代管⻑をつとめた他、貴族院議員や静岡・埼⽟・東京の各知事をはじめ、司法⼤⾂などを歴任した政治家でもありました。
この唱歌の第⼆節は当初、「初⽇のひかり 明(あきら)けく 治まる御代の 今朝の空」でした。「明けく治まる」と「明治」を読み込んだ時代が終わり、⼤正となった同2年、現在の歌詞に改められました。
兎にも⾓にも、今なお多くの⼈々に歌い継がれるこの唱歌は、年の始めにあたり御皇室の弥栄と国家国⺠の永遠の繁栄を祈り祝して歌われ続ける⽇本⼈の“こころの歌”なのです。
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