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午年(うまどし)にちなむおはなし

 出雲大社境内の神馬(じんめ)・神牛(しんぎゅう)像について

境内 銅鳥居を入った左側に神馬と神牛を納めた厩舎(きゅうしゃ)があります。

この銅製の神馬は金馬(かねうま)さんと呼ばれ、寛文7年長州の藩主毛利輝元の寄進によるものであります。

かつて神馬として生きた馬が飼養されていた古例に因み、寛文の御造営に神馬を調製することになり、漆塗りの木馬か銅製の馬にすべきかについて造営奉行や社人の間に意見が対立したが、当時の國造の決断によって銅製の馬に決したと伝えられております。

この神馬は京都の名趣弥太郎が製作したものであり、寄進当時は八足門内西廻廊に置かれていたのを、延享の御造営の際に現在の場所に移されました。

「出雲大社延享造営傳」によれば、神馬は弥太郎が21日間の潔斎の後に製作された。当時、弥太郎の妻は懐妊中だったが、出雲大社に祈願をなし、神馬の完成後に無事出産したと伝えられている。この伝承などから、地元ではこの神馬は安産の守護神として信仰されている。人々に撫でられて輝いているのは、この御神徳のためである。

また同じ舎内、神馬の隣には銅製の神牛があります。

この神牛は明治13年、出雲の豪農にして篤信家の田部長右衛門氏が奉納されたもので、大阪の職人高尾足七が浅田松五郎と共に製作したものです。

だいこくさまは農耕の道をお招き下さった祖神様であり、この農業にゆかり深き牛を、農家さんたちは御供え物をして農作を感謝し、また来る年の豊かな稔りを祈願したものであります。

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